血糖・血圧管理の重要性を示すエビデンス

 糖尿病性血管障害抑止のための血圧管理の重要性を示した臨床研究は数多くあります。なかでも英国で実施された UKPDS(United Kingdom Prospective Diabetes Study)は、血糖・血圧管理について多くのエビデンスを生み出しています。

 UKPDS は論文数が80本近くに及びます。そのうち UKPDS 38 によると、血圧を厳格にコントロールした群(144/82mmHg)はそうでない群(154/87mmHg)に比べ、糖尿病関連死が32%、細小血管障害が37%、脳卒中が44%、心筋梗塞が21%、それぞれ減少したことが報告されました。

 UKPDS 以降も、糖尿病における血圧管理の重要性を明らかにした臨床研究が多々発表され、現在では‘the lower, the better’の考え方が定着しています。ちなみに、国内の各種ガイドラインが推奨している糖尿病患者さんの降圧目標は、130/80mmHg、尿蛋白が1g/日以上の場合は125/75mmHgです。

LDLコレステロール低下療法のエビデンス

 LDLコレステロール(LDL-C)低下療法に関する臨床研究も少なくありません。少し前まで、糖尿病についてはサブ解析による報告が主でしたが、いずれも LDL-C 低下療法が大血管障害抑止につながることを示してきました。

 例えば、糖尿病の英国人と非糖尿病で閉塞性動脈疾患の英国人を対象としたHPS(Heart Protection Study)では、いずれの対象においてもスタチン治療群がプラセボ群に比べ初発の心血管イベントが25%抑制されました。HPS では、血管障害のハイリスクであれば、LDL-C値に関係なくスタチンが有効であることが示され(試験開始時の糖尿病患者さんの平均 LDL-Cは124mg/dL)、LDL-C についても‘the lower,the better’であるとの考え方が広まる1つの契機となりました。

 近年では対象を糖尿病患者さんに絞った臨床研究も発表されています。CARDS(Collaborative Atorvastatin Diabetes Study)はその1つで、LDL-C160mg/dL以下(平均117mg/dL)という軽症者が対象であるにもかかわらず、スタチンにより、心血管イベントが37%、総死亡が27%減少しました。

食後高血糖と動脈硬化

 食後高血糖の催動脈硬化作用についての研究は、ヨーロッパにおける DECODE(Diabetes Epidemiology Collaborate analysis Of Diabetic criteria in Europe)、アジアにおける DECODA(Diabetes Epidemiology Collaborate analysis Of Diabetic criteria in Asia)、国内では山形県での舟形町研究が有名です。いずれも正常域に近い空腹時血糖値よりも食後血糖値のほうが動脈硬化性疾患の発症リスクとして重要であることを示しています。

 また、食後高血糖改善薬のα-グルコシダーゼ阻害薬により心血管病発症が抑制されることも、STOP-NIDDM(Stop-TO Prevent Non-Insulin Dipendent Diabetes Mellitus)などで示されています。

small dense LDL、レムナントの測定

 small dense LDL やレムナントの増加は、「血清脂質の‘質’の異常」とされ、通常の臨床検査では数値でとらえにくいという現状があります。ただし、リポ蛋白分画精密測定により LDL のサイズを、レムナント様リポ蛋白測定によりレムナントの量を推定することも可能です。両検査とも保険診療が認められています。

JDCS で示された大血管障害抑止におけるトリグリセライド管理の重要性

日本人糖尿病患者さんの冠動脈疾患危険因子
〔JDCS 9年次報告〕
 日本人は欧米人に比較すると冠動脈疾患が少なく、脳血管疾患が多いといわれてきました。生活習慣の欧米化が進んだ現在でも基本的に変わっていません。しかし糖尿病の患者さんに限っては、脳血管疾患と同等以上の頻度で冠動脈疾患が生じることが、JDCS により示されました。

 そして JDCS では、冠動脈疾患を発症した糖尿病患者さんの背景因子を関与の強さから順位付けした結果、LDL-C、トリグリセライド、HbA1C、血中Cペプチドの順であることがわかりました。

 HbA1Cはいうまでもなく血糖管理の重要な指標ではありますが、糖尿病患者さんの治療にあたり、血糖値だけにとらわれることなく、総合的な視野で血管障害抑止を考えることの重要性を示した1つの論拠といえます。

FIELD の試験デザイン

 FIELD は、プラセボを対照とした前向き(プロスペクティブ)で二重盲検の臨床試験です。

 対象は2型糖尿病と診断されている 50~75歳の患者さん 9,795名です。総コレステロールが116~251mg/dL で、総コレステロール/HDLコレステロール比が 4.0以上または空腹時トリグリセライド 88.6~443mg/dL であり、登録時に脂質改善薬を用いていないことが登録条件でした。ただし、後述の解析結果にも関係してきますが、試験開始後は医師が必要と判断した場合、スタチンをはじめ他の脂質改善薬を処方してよいとされていました。

 9.795名を無作為に、フェノフィブラート群 4,895例、プラセボ群 4,900名に分け、フェノフィブラート群にはフェノフィブラート 200mg/日が投与されました。そして5年以上追跡されました。試験開始時、フェノフィブラート群とブラセボ群の間に、血管障害の危険因子とされる年齢や性別(男女比)、冠動脈疾患の既往歴、喫煙率、糖尿病の罹病期間、糖尿病のコントロール状態(HbA1C)、血圧などに差はなく、試験開始時点で将来的に冠動脈疾患を発病する確率は同一と考えられました。

FIELD の試験デザイン

 患者背景を少し詳しくみると、血圧はフェノフィブラート群140/82mmHg、プラセボ群141/82mmHg、HbA1Cは両群ともに 6.9%と、血圧や血糖が比較的良く管理された患者さんが対象であったことがわかります。また、スタチンなどで行われている大規模試験と比べると、ずっと低リスクの患者さんを集めて行われました。

FIELD で示された冠動脈疾患抑制効果

糖尿病患者さんのトリグリセライドコントロール
による大血管障害抑制効果
〔The FIELD study investigators:the FIELD study.
Lancet 366:1849~1861,2005〕
 平均5年経過した時点での結果から、1次エンドポイントである「冠動脈疾患による死亡」はフェノフィブラート群のほうがプラセボ群より11%少ないことがわかりました。ただしこれに統計的な有意差はありませんでした。

 有意差が出なかった理由として、フェノフィブラート以外の脂質改善薬の使用が制限されていなかったことが大きいと考えられます。大血管障害に対する脂質低下療法の有用性が確立している以上、フェノフィブラート以外の脂質改善薬の追加を制限しなかったことは、倫理的に妥当な試験デザインだったのですが、そのために冠動脈疾患の危険が高い患者さんほどスタチンをはじめとする脂質改善薬が用いられていたケースが多かったと考えられます。実際に、プラセボ群では 32%、フェノフィブラート群でも16%にスタチンが併用されており、それがフェノフィブラートの効果をマスクした可能性があります。

 なお、2次エンドポイントの非致死的心筋梗塞はフェノフィブラート群が 24% 有意に低下、全心血管イベント(心筋梗塞、脳卒中、冠動脈・頸動脈血行再建術の施行)も11% 有意に低下していました。

フィブラートとスタチン併用の安全性について

 前記のように、フェノフィブラートとスタチンの併用が許されるという背景によって、1次エンドポイントでは両群間で有意差が出なかったと考えられますが、一方でこのことは、フェノフィブラートとスタチンの併用療法の安全性を示すことにもなりました。

 フェノフィブラート群の16%、約800名が結果的に併用療法を平均5年以上続けたわけで、この間、併用療法での横紋筋融解症の副作用は1件もありませんでした。これについて次回、もう少し詳しくお話しする予定です。
FIELD で示された腎症進行抑制効果

 腎症についての結果を少し詳しくみてみましょう。

 試験スタート時に腎機能正常であった患者さんが微量アルブミン尿またはアルブミン尿に進行した頻度は、プラセボ群では11.0%、フェノフィブラート群では 9.5%でした。

 また、微量アルブミン尿からアルブミン陰性(正常尿)に回復した例と、アルブミン尿から微量アルブミン尿または正常尿に回復した例の合計は、プラセボ群 8.2%、フェノフィブラート群 9.4%でした。

 これら両群間の差は有意でした。

FIELD で示された網膜症進行抑制効果

 網膜症についての結果をみてみましょう。

 まず、レーザー治療の累積導入率は、5年経過した時点でフェノフィブラート群がプラセボ群より 31% 有意に低下しました。とくに試験開始時に網膜症の既往がなかった患者さんに限ると、39% 有意に低下するという結果が出ています。

 網膜症に対するレーザー治療は、黄斑浮腫に対し視力改善を目的に行う場合と、新生血管の発生を防ぐために行う場合があります。フェノフィブラート群はその両方のケースで約30%、レーザー治療の必要性を低下させました。

 黄斑浮腫や新生血管の発生には、血管透過性亢進、炎症、網膜の循環障害などが関与しています。これらに対してフェノフィブラートが有効であったメカニズムの詳細はまだ不明ですが、トリグリセライド低下とは別に、PPARα活性化を介した抗炎症作用や血管内皮細胞成長因子(VEGF)抑制作用などが関与し、有意差をもたらした可能性が考えられています。

トリグリセライドコントロールによる
糖尿病腎症進展抑制効果
〔The FIELD study investigators:the FIELD study.
Lancet 366:1849~1861,2005〕
 
トリグリセライドコントロールによる
糖尿病網膜症レーザー治療の減少
〔The FIELD study investigators:the FIELD study.
Lancet 370:1687~1697,2007〕

FIELD で示された、その他の合併症抑制効果

 上記のほか、FIELD のサブ解析では、下肢切断に至った患者数を比較していますが、フェノフィブラート群がプラセボ群より少なく、有意差がありました。

 下肢切断は、神経障害および、大血管と細小血管の血管障害が関与しており、フェノフィブラートによるトリグリセライドコントロールが、それらの抑制につながったものと考えられます。