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糖尿病セミナー
高齢者の糖尿病

監修
東北大学名誉教授 後藤由夫先生

編集
地方独立行政法人
東京都健康長寿医療センター理事長 井藤英喜先生

 このページは、高齢者(65歳以上)の糖尿病患者さん向けのものです。高齢になってから糖尿病になられた方、また、それ以前に糖尿病になられた方が老年期をむかえられた場合、どんな点に気をつけたらよいかを述べます。


高齢の糖尿病患者さんが増えています

 糖尿病になる人数は、年齢とともに増加しますが、最近の調査では、60歳を超えると5〜6人に1人が糖尿病という、驚くべき数字です。また、加齢とともに、糖尿病性の合併症が多くなり、さらに動脈硬化などの病気も出てくるため、一人でいくつもの病気に苦しむ人が増えます。
 その一方で、若い人と変わらない元気さをもつ軽度な患者さんもいるわけで、一口に高齢者の糖尿病といっても治療法は、患者さん一人一人の病状と、個人的な生活背景も考慮したきめの細かい工夫が必要です。
 次項に、高齢者の糖尿病の特徴を、項目別に挙げてみました。

高齢者の糖尿病の特徴
(1) 糖尿病の罹病期間(糖尿病になって何年たったか)や、それまでの治療、生活様式などによる、病状・体力の個人差が大きい。
(2) 膵臓からのインスリンの分泌と、末梢組織での効き方(インスリンの感受性)の両方が加齢とともに低下し、血糖値が高くなる。
(3) 網膜症や腎症、神経障害などの糖尿病性の合併症の頻度が高くなる。また加齢とともに動脈硬化やがん、認知症になったり、日常生活動作(ADL)が低下したりしやすく、多病の人、要介護の人が増える。
(4) 腎臓の働きが低下して、尿糖が血糖値の割に少なくなる。また、薬剤が体内に蓄積しやすくなる。
(5) 体力・筋力が低下し、運動療法に加減が必要になりやすい。また、転倒や骨折の危険が増える。
(6) 低血糖が起こりやすく、かつ低血糖の特徴的な症状が現れにくくなるため、対処が遅くなりがち。
(7) 認知機能の低下が起こりやすく、糖尿病の治療に支障が出でくる人が多くなる。
(8) 自覚症状を「年のせい」にして見すごしたり、あきらめたり、家族へ遠慮したりと、治療への意欲が低いことがある。
(9) それまでの生活習慣を、なかなか変えられない。


日常生活におけるケアのポイント

 高齢者であっても基本的な治療と指標は、若い人と変わりません。ただ、それを実行する段階で、加齢による心身の変化に対する工夫が必要です。高齢者に起こりがちな、治療・生活の問題とそのケアのポイントを、次にまとめてみました。

●食事療法のポイント

 高齢者の食事療法がうまくいかない背景には、こんなことがよくあります。

よくある食事療法の問題点
(1) し好や食習慣をなかなか変えにくい。
(2) 調理する立場にいないため、思うような食事療法ができない。
(3) 食品交換表が使いこなせない。
(4) 残すのがもったいないと、つい食べ過ぎる。
(5) 逆に、食欲がない、歯がない、義歯があわない、むせるなどのために、少量しか食べられず、カロリー不足や栄養が偏りがちになる。

 これらの解決は、患者さん独力ではなかなか難しいので、主治医に相談して解決策を一緒に考えましょう。また、家族の協力が必要なら、主治医から伝えてもらうのも方法です。
 血糖コントロールだけを考えた場合、食べる量が少ないほどよいと思われるかもしれませんが、それでは健康を維持できません。筋肉が減ったり骨が弱くなったり、感染症にかかりやすくなったりします。
 とくにタンパク質が大切です。タンパク質は魚や肉、大豆・大豆製品に豊富に含まれていますが、歯が悪いなどの理由でそれらを食べられない場合、卵がよい栄養源になります。卵はコレステロールが多いために以前は「控えるように」と言われていたのですが、現在では卵を食べても必ずしもコレステロールが高くなるわけではないことがわかり、コレステロールを下げる薬が普及してきたことも関係して、「1日1個は食べたほうがよい」と言われるようになりました。

●運動療法のポイント

 高齢になると、運動が必ずしもプラスになるとは限りません。高齢者では、心肺の機能や膝〈ひざ〉関節などに何らかの問題を抱えている人が少なくありません。不用意な運動の開始は、別の病気(例えば狭心症や心不全、関節炎など)を誘発しかねません。運動療法を始める前に主治医のメディカルチェック(健康診断)を受け、体力に合った範囲内で行うことが大切です。

運動療法の注意点
(1) 胸の圧迫感や動悸〈どうき〉がしたり、足腰が痛む時は運動を中止し、主治医に連絡する。
(2) 競争になるような運動は避ける。
(3) 何かあった時、人に声をかけられる場所で運動する。
(4) 運動時には、ウォーミングアップ(準備体操)、クールダウン(整理体操)もれずに。
(5) 天候や体調が悪い時は、運動を休み、無理しない。
(6) 糖尿病の薬を使用している人は、ブドウ糖や砂糖などを携帯し、低血糖に備える。

●薬物療法のポイント

 高齢者の糖尿病薬物療法上の問題点は、次の二つです。

薬物療法の問題点
(1) 薬の排泄が遅れがちになる。
(2) 糖尿病の薬の作用にいろいろな影響を与える可能性のある、ほかの薬をたくさん飲むことが多い。

 加齢とともに諸機能が低下してくると、薬の代謝や排泄にも時間がかかり、薬が血中にとどまる時間が長びきます。体の中に前の薬が残っているのに次の薬が入ったりすると、低血糖が起こることがあります。そのような低血糖を避けるため、高齢者が薬物療法を始める時は、規定量より少な目から始め、様子をみながら量を加減する方法がとられます(低血糖について詳しくは『シリーズNo.20/低血糖』を参照ください)。
 また、病気の数が増えるほど薬の種類も増えますが、たくさんの薬を飲み合わせた場合、どんな副作用が起こるか、医師にも予測できないことがあります。患者さん自身でできる対策として、初診時には使用中の薬を必ず持参して医師に見せてください。また、新しく薬が追加された場合は自覚症状や検査値の変化に注意し、気になることがあれば早めに主治医に伝えることが大切です。

●そのほかのポイント

 そのほかのポイントとして、加齢とともに増える併発症と、高齢患者さんに起こりがちな非常事態への対策を挙げます。

加齢により増える併発症
(1) 動脈硬化
 糖尿病があると動脈硬化が加速され、心筋梗塞や脳梗塞が起こりやすくなります。糖尿病以外にも動脈硬化を悪化させる原因となる、高血圧、脂質異常症(LDLコレステロールや中性脂肪が高い)などがある人は、きちんと薬を飲みそれらを治療しましょう。
 また、足の動脈硬化や神経障害が進んでいると難治性の壊疽〈えそ〉を起こすことがあり、足を切断することにもなりかねません。糖尿病の罹病期間が長くて神経障害がある人は、足をいつも清潔に保ち傷をつけないようにしましょう。そして毎日欠かさず足をみてみましょう。
(2) がん
 日本人の死因のトップはがんで、糖尿病の患者さんも同じです。そして、がんになる最大の危険因子は‘加齢’であり、加えて糖尿病があるとがんになりやすいこともわかっています。がんの早期発見のために、なるべくがん検診を受けるようにしましょう。
 なお、「糖尿病で定期的に通院しているから、がんも早期に見つけてもらえる」と考えている患者さんもいますが、糖尿病の診察ではふつう、がんを見つける検査まで行っていません。
(3) 認知機能の低下
 糖尿病があると認知機能が低下しやすいことが報告されています。認知機能が低下してくると、それまできちんとできていた糖尿病治療ができなくなることがありますので(薬を正しく服用・注射できないなど)、周囲の方がそのような変化に気付いた時、例えば患者さんはきちんと服用している言っても薬が余る時などには、早めに医師に相談してください。
(4) 転びやすく、骨折しやすい
 転倒(ころぶこと)や骨折も、加齢と糖尿病で増えます。不適切な食事療法(摂取エネルギーが少なすぎることなど)や運動不足で筋肉量が減少すると、転倒したり骨折しやすくなります。また網膜症や神経障害、あるいは低血糖などのために転倒しやすくなることも、骨折の増加に関係しています。筋力と骨の健康を維持し、低血糖を起こさないようにしましょう。

高齢患者さんに起こりがちな非常事態
(1) 体調を崩した時(シックデイ)
 風邪や下痢・脱水、ケガなど、糖尿病以外の病気になっている日を、シックデイと呼びます。高齢者の場合、ちょっとしたことで体調を崩し、シックデイになることが、若い人より多いものです。そんな時、血糖値が上昇し糖尿病昏睡になったり、逆に低血糖になることもあります。どのような病気でも大事になる前の軽症のうちに治すことが大切です。
 薬物療法をしている場合は、症状にあわせてインスリンや経口薬などの量の調整が必要になってきます。調整の方法は病状や薬の種類により一律ではありません。また、ふだん食事療法だけの場合でも、病気によってはインスリンが必要になることがあります。いずれにしても、自分にあった対応を、日頃、主治医と細かく相談して決めておくことです。
 シックデイでは、食べられるかどうかが重要なポイントです。食べられない場合は、入院して治療します。また、病状が改善しない場合も、早めに主治医に知らせたほうが安心です。また、具体的な対応は、患者さんだけでなくご家族も理解しておくようにしてください(シックデイについて詳しくは『シリーズNo.12/病気になった時の対策』を参照ください)。
(2) 脱水(とくに夏場)
 加齢とともに、体内の水分が少なくなることに加え、喉の渇き・体温や気温の上昇も感じにくくなるため、脱水が起こりやすくなります。とくに近年の夏は酷暑続きのため、室内にいても脱水、ひいては熱中症になることが少なくありません。夏季は水分をこまめにとり、また、塩分を適宜補給してください。

高齢者糖尿病の治療の目的と目標

 糖尿病治療の目的は、「糖尿病であっても健康な人と変わらない寿命とQOL〈キューオーエル〉を達成すること」で、そのために血糖値や血圧、血清脂質などをコントロールしていきます。この糖尿病治療の目的を見失わないことが、高齢の患者さんの場合とくに重要です。つまり、糖尿病を治療することにより何年か先に合併症が発症・悪化するかもしれないという‘将来の危険性の低下’を期待できますが、一方で治療を強化することにより‘現在のQOLの低下’というマイナスの影響が生じ得ますので、そのバランスを判断する必要があります。そのマイナス面を小さくするポイントの一つは「低血糖を起こさない」ことです。
QOL:クオリティー・オブ・ライフ=生活の質。人生を享受しているか、生活に充実感があるかという水準。

低血糖が危険です
 高齢になると低血糖の症状がはっきり現れにくくなり、対処が遅れがちになります。また最近の研究で、夜間睡眠中に低血糖が頻発している患者さんが少なくないことがわかってきました。そして低血糖が、認知機能の低下やうつ傾向を招くことが示されていて、重度の低血糖では死亡の危険性まで高くなります。こうしたこととは反対に、低血糖の症状を認知症やうつによるものと周囲の人が思い込み、誤った対処をしているケースもあります。
 このようなことから、高齢者の低血糖は極力避ける必要があり、そのためには血糖コントロールの治療目標をやや甘くしHbA1cの下限を設定することも少なくありません。最近、日本糖尿病学会と日本老年医学会が話し合って、患者さん一人一人の病態に応じた血糖コントロール目標値を定めましたので、主治医の先生によく相談してください。

おわりに

 患者さんへの意識調査によると、健康維持の体操や趣味、社会活動などを積極的にしている人ほど、病気に対する負担感が軽減する、健康に長生きできるという結果が出ています。「高齢者だから」「病気があるから」と、縮こまっているよりも、好きな趣味に没頭したり社会活動に参加するなど、積極的な生き方のほうが、よりよい人生になるということでしょう。
 また、高齢であっても、前に述べた適切なコントロールの維持に努めれば、合併症の進展や低血糖を防げるだけでなく、気分も快適になって生活しやすくなるなど、精神的にもよい効果があることがわかっています。高齢であることを理由に何かとあきらめず、まだたくさんある可能性に向かって楽しく暮らしましょう。

糖尿病のある人生を楽しむ方法
―東京都健康長寿医療センター        
実施調査結果を改編―
(1)血糖のみならず、血圧や血清脂質、体重のコントロールに努め、合併症の発症を防ぐ
(2)積極的に身体を動かす、余暇活動を楽しむ(散歩、体操、民謡、読書、旅行、園芸、親睦会の世話役などに挑戦)
(3)交際の輪を広げる(友人を積極的につくり、愚痴を言い合ったり助け合う)
(4)家族や社会とのつながりを大切にする
(5)楽天的に、前向きに、ねばり強くなるように心掛ける
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