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22. “インスリンに頼る”という表現
2001年10月
 患者さんやご家族とのお話のなかで、これまでに何度か耳にし、そのたびに「うーん?…」と思った言葉があります。それは、「インスリンに頼ったらダメ。もっと食事療法と運動療法をがんばらないと」とか、「努力のかいがあって、インスリンに頼らなくても大丈夫になりました」という表現です。この“頼る”という言葉を聞くたびに、なにか違っているな、でもなにが違うのかな、食事療法や運動療法を続けるのはいいことだし…と、モヤモヤした思いがします。

 それでも周りの雰囲気を考え、結局その場しのぎで応じることになります。まさか、「あなた、その“頼る”という言葉は違ってますよ。なんだかよくわからないけど、なにかが違います!」とは言えません。そんなこと言ったらきっと、なんだこの人は…と思われてしまうことでしょう。とりあえず、「まぁーそうですかー」などとあたり障りない会話をしているうちに、話題は次のテーマへと進んでいきます。

 今回はちょっと腰をすえて、以前から続いているこのモヤモヤの原因を考えてみることにしました。愚考にお付き合いのほどを。

■インスリンは糖尿病治療の最終手段?

 なぜ、「インスリン療法は頼るべきではない」というイメージをもたれることがあるのでしょうか。少なくとも、単純にインスリン療法は“嫌だ”というのではなく、“頼らない”という表現で否定されるからには、インスリン療法は“煩わしい“とか“痛そうだ”とかの初歩的な理由で避けているのではないことがわかります。

 ひとつには、「糖尿病の治療は食事療法と運動療法が基本」という情報だけが浸透していて、薬物療法、ことにインスリン療法については、まだ正しく理解されていない面があるのではないでしょうか。インスリン療法は糖尿病が悪化した人のための最終的な治療手段だと思っている人もいるのではないでしょうか。

 糖尿病の「治療の基本」は食事療法と運動療法で、食事療法と運動療法では血糖コントロールが不十分なとき、飲み薬による治療、インスリン療法を始めます(図1)。この流れだけみると、確かにインスリン療法はあたかも糖尿病治療の最終手段のように見えます。しかし、この図を見る前提として、なぜ糖尿病を治療するのか、つまり糖尿病の「治療目的」を理解していおくことが、より大切です。

 糖尿病の「治療目的」とは言うまでもなく、よい血糖コントロールを維持して合併症の発症・進行を防ぐことです。糖尿病の治療目的が達成されること、それはつまり、生涯にわたって快適な生活を維持できるということです(図2)。食事療法と運動療法は、糖尿病治療のどのステージにおいても基本ではあるけれども、その効果が不十分なら、飲み薬やインスリンにより治療し「治療目的」の達成をめざすのは当然のことです。もし、インスリン療法が必要なのにそれに“頼らず”に、それまでの治療法を続けていたら、その結果はこの図の右の方にはみ出した形で現れます(図3)。

■「インスリン療法をしている人」=「容体がよくない人」ではない

 食事療法と運動療法を続けていて、よい血糖コントロールが続いているときはよいのですが、インスリンの分泌力が低下してくれば、いくら食事療法と運動療法をがんばって続け、飲み薬をちゃんと服用していても、血糖値は上がってきます。そしてインスリン療法を始めるとなると、「いよいよ病気が悪化したのか」と落ち込む人もいることでしょう。食事療法や運動療法をきっちりとがんばっていた人ほど、その思いは強いかもしれません。

 しかし、インスリン療法を始めるのは、合併症が発症・進行したからではありません。合併症を発症・進行させないために始めるものです。糖尿病治療でインスリンが必要かそうでないかは結果にとっては大きな差ではなく、要は血糖コントロールが良いか悪いかが問題といえます。つまり、「治療手段が違っても、治療が十分ならば結果は同じ」で、「治療手段が同じでも、結果が同じとは限らない」ということです。

 このようなことは、患者さん本人だけでなく、ご家族や職場の人など患者さんの周囲の人その他、できるだけく多くの人が理解することが望まれます。「インスリンを使っている人」=「重病の人。合併症のある人」または「食事療法や運動療法の自己管理ができなかった人」と、思っている人も少なくないようですから。

 また、インスリンに“頼る”もなにも、生存のためにインスリン療法が欠かせないタイプの糖尿病もあることも、できるだけく多くの人に知ってもらいたいことです。

■そのほかの誤解

 ここまで考えてみて、ようやくモヤモヤの原因が、おぼろげながらわかってきたような気がします。

――インスリン療法なしでよい血糖コントロールができているのはなによりだけど、インスリン療法が必要な場合には、「インスリンに頼る」だなんて消極的な表現じゃなくて、もう少し前向きに考えてくださいね――こんな言葉を言えなかったことが、モヤモヤの原因なのでしょう。

 と、一人で納得して今回は終わりにします。なお、インスリン療法を始めたがらない人のなかには、「一度インスリン療法を始めたら、一生続けなければいけない」とか「インスリン療法をすると膵臓が萎縮してインスリン分泌がさらに低下する」とか「インスリン療法を始めると太る」など、間違っていたり中途半端に理解している人もいるようです。それらの誤解については、いずれなにかの機会に触れることがあると思います。

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INDEX
  1. 厚生白書に見る糖尿病
  2. 糖尿病の患者数と医療費の推移
  3. 目で見る病型、病気のかたち
  4. 糖尿病食と減塩食
  5. 5分でわかる糖尿病
  6. インスリンを打つということ、食事を摂るということ
  7. 足がビリビリ? 神経障害
  8. 糖尿病ネットワークを担当して
  9. 『糖尿病からの帰還』を読んで
  10. 眼鏡をかけるとよく見える?
  11. 糖尿病の方が加入できる保険
  12. 糖尿病と人工透析(1999)
  13. 長時間、飛行機に乗る際に
  14. 高血糖は高血圧や高脂血症より、健康上の問題として認識されにくい
  15. インスリン誕生の地
  16. GOLD・たばこ・糖尿病
  17. 「糖尿病ネットワーク」開設5周年
  18. 食後3時間以上経過して血糖値200以上の人の頻度、ほか
  19. 超速効型インスリンは、山を削って谷を埋める
  20. 尿糖を調べてみよう
  21. 生活習慣病の一次予防に向けて
  22. “インスリンに頼る”という表現
  23. 民間療法
  24. 「日臨内研究2000」にみる、糖尿病性神経障害とわが国の糖尿病の実態
  25. 糖尿病の食事療法
  26. 雑感『生活エンジョイ物語』
  27. 血糖値の情報量
  28. 女性糖尿病患者はどこに?〜性差と病名について〜
  29. 気になったセールストーク
  30. インスリン療法を続けて50年 第1回「リリー インスリン50年賞」表彰式
  31. 糖尿病患者として世界で初めて南極点へ到達 ウイル・クロスさん
  32. 糖尿病とたばこ
  33. 旅行者血栓症
  34. インスリン療法を続けて50年
  35. 糖尿病患者さんの年末・年始の過ごし方