年1回以上の糖尿病網膜症の検査を受けている患者は35.6%、早期の糖尿病腎症をみつけるために必要な微量アルブミン尿検査を受けている患者は15.4%であり、多くの患者が必要な検査を受けていない現状が、糖尿病患者7,464人のデータを解析した研究で明らかになった。特に働いている世代で、十分な検査を受けていない患者が多いという。
働いている患者の多くが必要な検査を受けていない
糖尿病は失明や人工透析導入の原因の上位を占めており、糖尿病の適切な診療および合併症の予防は大きな課題になっている。糖尿病網膜症や糖尿病腎症を早期発見し治療をするために、定期的な検査が欠かせない。
しかし、糖尿病の患者の多くは必要な検査を受けていない現状が、大規模な調査で明らかになった。
東京大学の研究チームは、組合管掌健康保険に加入し、2010年度に糖尿病治療薬の処方を受け、定期受診していた糖尿病患者7,464人のデータを解析。組合管掌健康保険とは、企業ごとに組織される健康保険組合が運営する医療保険(健康保険)で、全国に約1,400の健康保険組合がある。
その結果、2010年度にインスリンまたは経口糖尿病薬の処方を受けていた糖尿病患者は計7,464人(インスリン1,415人、経口糖尿病薬6,049人)であることが判明。翌年度(2011年度)、治療を中断した患者の割合は6.4%だった。
受診を継続していた糖尿病患者では、HbA1c検査の実施率は95.8%、血中脂質検査の実施率は90.6%と高かった。
しかし、診療ガイドラインで推奨される年1回以上の糖尿病網膜症の検査の実施率は35.6%、早期の糖尿病腎症をみつけるために必要な微量アルブミン尿検査の実施率15.4%と低いことが明らかになった。この割合は欧米の報告に比べても低い数値だ。
検査の実施率が低い患者の特徴をみると、男性、勤労層に多い傾向があった。20歳代から50歳代の勤労層では、受診の時間が確保できていない可能性がある。
「糖尿病患者が継続して糖尿病診療を受け続けられるための取り組み(受診勧奨)が行われているが、糖尿病診療の質の向上には糖尿病患者への受診勧奨だけでなく、働いている人が受診しやすい環境の整備、診療ガイドラインの普及、糖尿病を診療する医師と眼科医との連携推進などが重要だ」と、小林廉教授は述べている
日本の糖尿病診療の「質」を大規模で精度の高い調査で分析
研究は、東京大学大学院医学系研究科社会医学専攻公衆衛生学分野の小林廉毅教授らの研究チームによるもの。BMJ(英国医師会雑誌)と米国糖尿病学会が共同で発行する国際医学雑誌「BMJ Open Diabetes Research & Care」に発表され、同誌の「Editor's Choice」にも取り上げられた。
糖尿病診療の「診療の質」は、糖尿病患者に対して血糖値やHbA1c値のコントロールが適切になされているかといった臨床的な「アウトカム」(結果)とともに、どのような診療(治療や検査)がなされているかといった「プロセス」(過程)でも評価される。
欧米では診療ガイドラインに沿った頻度で合併症予防のための検査がなされているかなどの「プロセス」(過程)に関する診療の質の評価が大規模データを用いて、数多く調査されているが、日本では特定の地域や医療機関における限られた報告にとどまっている。
そこで研究チームは、日本医療データセンター(JMDC)が保有するレセプト(診療報酬請求明細書)データベースを用い、データに含まれる診療行為や薬剤処方などを詳細に分析することで、日本の糖尿病診療の質をこれまでにない大規模かつ高い精度で評価することを可能にした。
2010年4月から2012年3月まで研究対象となった複数の組合管掌健康保険の加入者(57万363人)について、レセプトデータに含まれる傷病名や診療行為や薬剤処方、受診頻度などを組み合わせることで、2010年度に継続して糖尿病診療を受けていた患者を特定した。
これらの患者について、翌年度(2011年度)の治療継続状況や、日本糖尿病学会による糖尿病診療ガイドラインで推奨される定期的なHbA1c検査、糖尿病網膜症検査、腎症検査、血中脂質検査の実施率を算出した。
その結果、翌年度のHbA1c検査や血中脂質検査の実施率は90%以上と高かったものの、日本糖尿病学会による糖尿病診療ガイドラインで推奨される年1回以上の糖尿病網膜症の検査を受けた患者の割合は35.6%と低かったことが明らかになった。この割合は欧米の同様の報告に比べても低い数値だ。また、治療を中断した患者の割合は6.4%だった。
保険診療で行われた診療行為の費用は、患者が医療機関に支払う自己負担分を除き、医療機関が診療実績にもとづき各保険者に請求する。この際、請求のために作成されるのがレセプト(診療報酬請求明細書)だ。
レセプトにはその患者が受けた検査や薬の処方などが記載されており、患者が複数の医療機関を受診した場合でもすべての診療行為が把握可能なので、レセプトを分析することでその患者がどのような診療を受けたのかを網羅的に分析できる。
今回の研究では民間のレセプトデータベースを用いたが、国も、すべての保険者のレセプトや特定健診のデータを集めて研究に利活用する「レセプト情報・特定健診等情報データベース(ナショナルレセプトデータベース)」の整備を進めている。
東京大学大学院医学系研究科 社会医学専攻公衆衛生学分野
Process quality of diabetes care under favorable access to healthcare: a 2-year longitudinal study using claims data in Japan(BMJ Open Diabetes Research & Care 2016年9月9日)
[ Terahata ]